徳山課長の責任は?

あなたは徳山課長という人をどのように思っただろうか。 ひょっとして倫理観の強い人だと思ってはいないだろうか。 「徳山課長はえらい。事故の責任を100%村田主任に押し付けるのでなく、 自分にも非があったと認めている。 それは誰にでもできることではない。」 などとは思わなかっただろうか。

もしそのように思ったとしたら、考え方を根本的に変えて欲しい。 この事故で100%悪いのは村田主任ではなく徳山課長である。 徳山課長はこの事故を100%防ぐことができた。 それをしなかったのだから100%悪い。 一方の村田主任に完璧を求めるのは酷である。 人は誰だって間違いを犯す。 かなりの確率で事故を防げたではあろうが、100%防げと言われたって無理である。 したがって100%悪いとは言えない。

この事故では徳山課長以外にも100%悪かった人間が他に何人もいたはずである。 そう言うと、責任の総和が100%ではなく何百%、何千%にもなってしまうからおかしいと 反論されそうである。 でも責任の総和が100%である必要などないのである。

私達の日々の生活は様々な危険にさらされている。 それでいて案外事故にあわずに済んでいる。 それは事故を防ぐための何百%、何千%もの努力の結果である。

責任の総和を100%と考えるのは、被害が発生した時の賠償の責務の分配の際だけでいい。 責任相殺という考え方などはこれに基づいている。 責務の分配では「仕方なく」そうしているのである。 日々の安全が100%以上守られていて誰が文句を言うだろうか。 100%以上の努力は決して無駄ではない。

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