技術倫理演習用事例集


以下の事例はいずれも演習用に作成したもので、事実に基づくものではない。


岡本所長の憂鬱

飯田興業は化学プラントのポンプのオーバーホールが専業の二次下請け企業である。 東海出張所は親会社の東海工場内に付設されており、岡本氏はその所長である。 出張所には3つのグループがある。 各グループは 10年以上の実務経験および親会社の資格試験に合格した作業責任者と 4~6人の作業員とで構成される。 岡本所長も含め3人の作業責任者のうち、金沢さんはあと2~3年で定年を迎える。 その後任として杉井君を作業責任者補佐として育成しつつあった。 杉井君は技能的には作業責任者の水準に達しており、 来春の資格試験に合格すれば作業責任者に昇格する。
定期点検の終了間際になって金沢さんが風邪をこじらせ、 休まないと肺炎の恐れがあることがわかった。 作業責任者は元請けを通して親会社の承認を受けている。 そしてポンプの点検には必ず作業責任者の立会いが要求されている。 飯田興業本社に相談してみたが、他の出張所でも作業責任者クラスは忙しく、 急には応援できないないと断られた。 その上、そんなことも処置できないようでは所長としての適性に欠けると叱られた。 昨今は受注競争が厳しく、 今回の作業も「体制に不安があるのではないか」との親会社の指摘を受けつつ ようやく受注したという経緯がある。 今さら元請けや親会社に相談できるとは思えない。 岡本所長は自らの責任で金沢さんが復帰するまでの3~4日の間、 技能的には問題ない杉井君に、 親会社や元請けには内緒で作業責任者の代役を務めてもらうことに腹を決めた。

川崎主任のジレンマ

川崎主任は福島石油化学工業の環境保全責任者であり、 自ら地下水汚染のチェックのため構内に掘られた井戸水の水質検査をしている。 ある日彼は井戸水から天然には存在しない有毒な化学物質を検出した。 量はわずかで、県への報告基準には達していない。 福島油化ではその物質は使用されていないこと、 隣の仲根化成では使用されていると聞いたことがあることから、 仲根化成が汚染を引き起こしたのではないかと思われる。
川崎主任はさっそく上司の松江課長のところに行き、 仲根化成に連絡するよう進言した。 ところが松江課長はたしなめるように言った。 「汚染が基準値を超えているならともかく、そんな微量なら言わないほうがいい。 うちが言うと仲根化成はたとえ対策不要なことでも対策せざるを得なくなり大変だ。 基準値以下ならこういうことは黙っているのが武士の情けというものだ。 お互い様ということもある。 隣同士がピリピリした関係になったら困るんだ。 なあに仲根化成でももう気づいて手を打ってるよ。 うちが騒いで県にでも知られたら大変だからな。」 万一仲根化成がまだ気づいていなくて汚染が広がったら大変だとは思いつつも とりあえず引き下がってきた川崎主任であった。

新入社員、困惑!!

岡安さんは工学部を卒業して今井機工にこの春入社した。 社内研修を経て試験課に配属となり、 最初の仕事として特殊ポンプの性能試験を任された。 このポンプは高圧蒸気の力で液体を駆動するものであるが、 内部のノズル形状の微妙な製作誤差で性能に大きなばらつきを生じることから、 客先への納入に当たっては全数の性能試験を実施している。 今回試験するものについては同じ条件で3回試験を実施し、 最悪のデータでも要求性能を満足していることを示すという契約となった。 試験設備の運転は下請けの社員が行うので、 岡安さんの仕事は下請け社員に試験の条件を指示すること、 得られた生データを整理して性能曲線にすることである。 試験を始めてすぐ分かったことは、 同じ条件でも試験結果はかなりばらつくことであった。 気になったので上司の神崎課長に聞いてみたところ、 前任者もそう言っていたとのことであった。 問題は今回の要求仕様が結構ぎりぎりのものになっていることである。 しかしそれでも最初のうちは要求仕様を満たさないものはなかった。
1ヶ月くらいたったとき、試験結果がひどくばらついて 最悪データは要求仕様を満足できなかった。 そこで岡安さんはその旨を神崎課長に報告した。 神崎課長の指示は次のようなものだった。 「要求仕様を満足しなかったのは3回のうち1回だけだろう。 だったらもう1回試験をして合格となるデータをとってくれよ。 このポンプは製造費が高いんだから、できるだけ合格させるよう努力してくれよ。」 岡安さんは課長の指示には黙って従うしかないと考えた。

古田課長の悩み

古田氏は田中油化(株)本社採用入社16年目の機械技術者である。 これまで本社技術室勤務であったが、 名古屋工場の保修課に異動になると同時に課長に昇進となった。 田中油化の社員は本社採用と現地採用に分かれており、 本社採用は頻繁に異動があるが現地採用には原則異動はない。 課長より年長の班長がいて細かい実務は班長が処理している。 「ここには大橋さんという優秀な班長がいるから、 彼に任せておけば何も問題はない」と前任者の関村課長は言い、 引継ぎはスムーズに運んだ。
異動の3ヶ月後に定期検査が始まった。 非常用高圧機器の県の立会い試験の準備をしていたときである。 大橋班長が古田課長のところに来て言った。 「あの機器の試験ですが、 本当は制御室からの操作だけでデータをとらなければならない。 しかしそれだと要求性能が満足できないので機器の横でハンドルを回します。 ご了解ください。」 古田課長は驚いて言った。 「それは検査官をごまかすということじゃないか。 ばれたら大変だぞ。 なんでそんなことをしているのだ。」 大橋班長の説明は次のとおりだった。 「10年以上も前、規則が変わったときに改造が間に合わず、仕方なしにごまかした。 その後改造しようとしたが、それには県への届出が必要で、 届け出ると昔のごまかしがばれてしまう。 それでずっとこうしている。 別に安全上は問題なく、前任者もその前の方もみんな知っている。 今騒ぐと本社の近藤部長あたりが一番困る。」 古田課長は昔世話になった近藤課長の顔を思い出しながら、 ここは大橋班長の言うとおりにしようかと考えるのであった。


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