「思いやり」と「思い上がり」

「思いやり」私の好きな言葉の一つである。 「相手の気持ちになって考える」のは黄金律にも通じ、 倫理的な振舞いをする上でも大切だとは思う。

思いやりにも「正しい思いやり」と「正しくない思いやり」があることを、 この講義していて強く感じるようになった。 この漫画 はもちろん誇張しているが、ある意味で実話である。 発表の中で学生自身はこうまでは明確に言わなかったものの、 本音はそうではないかと私は想像してしまったのである。

使用済燃料輸送容器のデータ改ざん事件 では、原電工事(株)の担当課長も日本油脂(株)の担当課長も それぞれの上司と 相談を行っていないとされている。 「本当かな?」とも思う。 上司をかばっているのではないかという疑念もある。 もしそうなら、なぜなのか。 1人で腹を切って後は丸く治めるという日本人独特の行動なのであろうか。 本当だとしよう。 だとしたら、なぜ相談しなかったのか。

「相談などせず、1人で泥をかぶって上司を困らせない」 という意図からだろうか。 しかし、原電工事(株)の担当課長は結局会社自体をつぶし、 直接の上司はおろか社長、会長にまで迷惑を掛けてしまっている。 結果論としてもそう考えたことが間違いであることは明らかである。

実は、結果論ではなく「上司を困らせない」と考えたこと自体に問題がある。 一般に部長は課長より高給取りである。 より難しいことをしなければいけないから高給取りなのである。 なぜ困らせてはいけないのだろうか。 思いやりなどというと聞こえが良いが、上司を憐れんだのか。 あるいは、どうせ無能だから相談しても無駄と踏んだのだろうか。 それは「思い上がり」もいいところである。

この課長は部長を思いやったのではなく、自己満足したかったのではないか。 「無能力」というレッテルを貼られることを恐れ、 1人で処理したかったのではないか。 難しいことでもうまく処理できることを見せたがる「見栄っ張り」 だったのではないか。

まったくの個人的意見だが、 日本人は「1人で胸に収めてうまく処理する」のを良しとする傾向が 強いように思える。 これは遺伝子に組み込まれたものではなく、 テレビドラマなどで後天的に身に付けたものだろう。 二十歳そこそこの学生にも明らかにこの傾向が見られるのである。 是非、自問していただきたい。

東大生は特にその傾向が強いのではないかとの指摘もあった。 エリートとして育てられ、何でもできるという自信がそうさせるのだと。 皆さんはそうでないと信じたい。

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