モラル問題の解決と設計との類似性

モラル問題の解決と設計とは良く似ているといわれる。 ウィットベックなどが強く指摘している点である。 (技術倫理1、 C. Whitbeck 著、札野・飯野訳、みすず書房)

古典的倫理学では、 人々の行為をモラル面から評価することだけが研究教育の対象であり、 行為者が直面している問題の解決法の発見に直接役立てることは 重視していなかった。 モラル問題を解決する能力を育成することこそが大切だと説いたのは スチュワート・ハンプシャー (Stuart Hampshire, "Fallacies in Moral Philosophy," Mind 58(1949),466-482. である。 この「技術倫理」のホームページ全体は、まさにこの考えに従って構成されている。

さて、設計ではまず「設計対象の明確化」が必要となる。 どのような目的でどのような物を作るのか、それはどのように使われるのか、 などをはっきりさせることである。 これはモラル問題の解決における「問題の明確化」に相当する。

設計では次に「利用可能技術のリストアップ」が行なわれる。 その上で、技術を組み合わせ、設計目的に合う対処手段が選定される。 この部分はモラル問題の解決でも最も難しい「対処手段の創出」にあたるといえる。

設計したものを実際に製造する前には、 改めて厳しく「評価」することが大切である。 この評価も設計の一部である。 これはモラル問題の解決における「対処手段の評価」とまったく同じである。

設計では唯一の正解というものは存在しない。 もちろん設計の優劣はある。 正しくない設計、すなわち目的を達成できない設計というのもある。 しかし設計は、絶対こうでなければならないというわけではない。 目的達成のためにはいろいろな手段がありうるのである。 これもモラル問題の解決と似ている点である。

設計目的に合う手段を見つける部分が設計の一番おもしろいところであり、 同時に一番難しいところかもしれない。 ある意味で独創性が要求されるところでもある。 これはモラル問題の解決においてもいえる。 創造的中道手段をとれば良いというのは簡単だが、 その手段がいつも見つかるとは限らない。 設計のほうでは、たとえば オズボーンのチェックリストなどがあって、 新しい手段発見の手助けとなる。 「同じようなものをモラル問題でも用意できないか」 などと考えてみたが、今のところうまくいっていない。 なお、ウィットベックは モラル問題の解決と設計の比較から教訓 を引き出している。参考にされたい。

技術倫理のトップページへ