黄金律


ある行為がモラルに反しているかどうかの判定方法の一つに、 「その行為を他人がするとき受け入れられるか」 「自分だけのための例外を作ってはいないか」 を問うことが行われる。 普遍化可能性の規準に照らしてどうかを判定するわけである。

この考え方を定式化したものが黄金律である。 黄金律は次に示すように、ほとんどの宗教的道徳的教えの中に現れている。

エジプト 他人のために良かれと自らが望んだことを捜し求め、それをしてあげなさい
ペルシャ あなたが人からしてもらいたいことを、人にしてあげなさい
仏教 他人の幸せを、自ら望んで捜し求めなさい
儒教己所不欲、勿施於人(自分の嫌だと思うことは人にもするな)
ヒンズー教人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない
イスラム教あなたがしてもらいたくないような方法で、あなたの兄弟たちを扱ってはならない
ギリシャ隣人から敵意を抱かせるようなことをしてはならない
ローマすべての人が心に刻み込んでおかなければならない法律とは、あなた自身の社会の人たちを愛することである
ユダヤ教自ら憎むことを他人にしてはいけない
キリスト教あなたたちが人にしてもらいたいと思うことを、人にもしてやりなさい

細かいことを言うなら、 「自分の望むことを人にせよ」と「自分の望まないことを人にするな」 とではベクトルの向きが逆である。 日本人はどちらかというと後者のように考え、 アメリカ人はどちらかというと前者のように考えるというと言い過ぎであろうか。

ここここここに蛇足を置いておきます。 ご参考まで。

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