個人の権利

人を尊重する立場とはすなわち人の権利を認める立場である。 現在義務論の主流は「権利の理論」である。 倫理について「人の義務」と捉えるのと、「人の権利」を中心に考えるのとでは、 一見正反対のようであるが、実はそうではない。 「人は他人の権利を尊重する義務がある」というのがこの立場である。 以下に権利について考えてみよう。
功利主義では基本的に、影響を受ける全ての人の利害を考慮する。 少なくとも被影響者の範囲をなるべく広くとろうとする。 一方、権利の理論においては、権利の対象者はむしろ限定しようとする。 ちょっと不思議な感じがするかもしれないが、ある意味で当然である。 ある特定の問題に関する権利の中身を精査していくと、 誰しもが同等の権利を主張するのはおかしいことがすぐ分かる。 例えば「中絶」という問題では、
胎児の権利=生存する権利

妊娠した女性の権利=人生を選択する権利
に絞って議論すべきである。 他の関係者、例えば父親となるはずの男性の権利も、 全く無視すべきではないものの、同等ではありえない。
ここで、権利のレベルについてもう少しきちんと考察してみよう。 たとえば次の3つのレベルに分けることが提案されている。 この基礎には、 「各人が幸せと認めるものを追求することを可能とする条件の達成」が究極目標 という考え方があるのはいうまでもない。
  1. 各人の生命および肉体と精神の健全性維持
  2. 各人の目的遂行を可能とする既得条件維持
  3. 各人の目的遂行レベルの向上
第1段階の生命維持、肉体と精神の健全性維持が最も基本的権利であることは 誰しも納得するであろう。 第2段階の権利は、既得条件の維持というと難しいが、要するに 「騙されない権利」「盗まれない権利」 「誹謗中傷されない権利」 「約束を守ってもらう権利」などである。 財産権や個人の尊厳を守る権利、差別されない権利などは この第2段階というより第3段階とする。
ある人の権利の主張が他の人の権利の侵害にあたるとき、優先されるべきなのは より基本的権利であることはいうまでもない。

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