モラル育成における日米学校教育の違い


このホームページはあくまで「技術倫理」のページであって、 初等中等教育の道徳教育のことにまで踏み込む気はない。 だが、「技術倫理教育は必要」と主張していると、 よく「道徳教育」をどう思うかと聞かれる。 技術者に「技術倫理教育」が必要なら、 幼少期には「道徳教育」が必要ではないか、 したがってきちんとした意見を持っているでしょうと言われるのである。 正直言って道徳教育のことはよく分からない。 倫理観のない大人には育って欲しくない。 しかし「『こういう』大人になって欲しい」とは言えない。 『どういう』大人がいいのか、一概に言えるはずがない。 ということは、『どういう』道徳教育がいいのか言えるはずがない。
このホームページの多くの部分は 「科学技術者の倫理 その考え方と事例、 Charles E. Harris 他著、(社)日本技術士会 訳編、丸善」 を参考にしている。 それが理由か、西欧流の倫理観が基礎にあってなじめない、 もっと日本流の倫理観を育てる方向で考えるべき、 などという意見を聞くこともある。 ところで、西欧流と日本流の違いはなにか、少し掘り下げてみよう。 米国と日本の人間形成期の教育の目指すものの違いを、 思い切って単純化しまとめると、 次のようになるのかもしれない。

米国日本
論理的思考能力の養成 感情移入能力の養成
個人行動と自立 団体行動と協調性
能力は天与 能力より努力
性悪説 性善説


感情移入能力の養成などと書くと分かりにくいが、 要するに「思いやりの心の育成」である。 学校においてまで「論理的思考能力の養成」以上にこれが重視されるのが 日本の教育の特徴と言えるかもしれない。
これと「協調性の重視」は強く関係している。 思いやりの心がなければ協調性は育たない。 そして勉強や掃除当番から遠足まで「班活動」で協調性を育てようとする、 これは決して世界共通の教育方法ではなく日本独特のものである。
生まれながらの能力の違いにはできるだけ目をつぶり、 努力さえすれば才能はいくらでも伸びると言う。 これはやる気を出させるための便宜的手法で、どの国も同じかというとそうではない。 米国では才能のある子は「Gifted」だとして特別扱いする。
子供の心は天使のように純真だとするのも日本的考え方だろう。 米国ではどちらかというと、子供は罪深いものであり厳しくしつけるべき存在だとされる。
以上は恒吉僚子氏の著作 「人間形成の日米比較-かくれたカリキュラム」 中公新書(1992年) を参考に日米の人間形成期の教育の背景をまとめたものである。 この本は、人間形成のための教育は「道徳教育」だけではないこと、 班活動など教育の手段がかくれたカリキュラムとして 日本人の考え方に大きな影響を与えていること、 の指摘が主題である。 同時に、人間形成教育の目指すものについての日米の違いを明らかにしている。 恒吉氏は日米のどちらが優れているとも述べていない。 また、このような対比は単純化しすぎたものであり、 日米とも変容しつつあることも強調している。

さて、この違いを乱暴に単純化し、 どのような人間形成を目指すべきかという議論と結びつけると次のようになる。
米国流は徹底した個の尊重である。 そして「感情移入能力」などという訳の分からないものに頼らず、 言葉と行動とで人を引っ張ることができる者こそがリーダーとされる。
日本流は協調主義による組織全体の幸福が第一で、 その結果としての個人の幸福も得ようとする。 以心伝心で組織をまとめあげられる者こそがリーダーとされる。
日本流はよく言えば「責任感ある組織人」を育てている。 ただ、「協調主義による組織全体の幸福」がうっかりすると 「組織外の者の不幸」に目をつぶることになりかねない。 以心伝心をよしとするので、説明責任などという考え方は出てこない。
米国流はよく言えば個人個人の個性を尊重している。 悪く言えば、思いやりのない自分勝手な人間ばかりを育てているということになる。
そのどちらがいいとも言えない。 思いやりの心を持っているとともに、 説明が必要なときにはしっかり言葉で説明することができ、 個人や個性を尊重するとともに、 組織やひいては社会全体のことにもしっかり心配りのできる人、 それが理想なのである。 ステレオタイプの議論は不毛である。

以上のことを踏まえて、結論として次の2点を主張したい。 第一に、技術者に求められる倫理観には西欧流も日本流もない。 思いやりの心を持っているとともに、 しっかりした技術力・判断力を有し、 説明が必要なときにはしっかり言葉で説明することができること、が必要なのである。 第二に、「思いやり」と「個人としての責任感」のどちらが大切か、 のような議論をすることはまったく無意味である。 どちらも必要なことは言うまでもない。

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