事例「不正な入札」の分析


この事例 を使って、認識の不一致がどこにあるかを分析してみよう。
ひょっとしたらあなたは中田室長に全面的に賛成かもしれない。 そうであるならあなたと中田室長には認識の不一致はない。 だとすると、非常に困るのですが・・。

中田室長は「試作室が成長することはMK製作所みんなのためなのだ。」 と発言している。 ここに問題がある。 「試作室が成長することがMK製作所全体のためになる」ということは 認めたとしよう。 (多分これも本当かどうかあやしい。) もしそうであるなら、なにも購買部の入札に参加し、受注を勝ち取ることはない。 入札などせず最初から購買部が試作室に発注すればいいのである。 最初から試作室に発注されることが決まっているのに、 形式だけの入札が行われたら、必死で参加している社外の入札業者は救われない。
(どこに発注するかは一応決まっているが、そこの提示価格が適正かどうか調べる ため、数社に「相(あい)見積り」を出すよう依頼することはある。 その場合は、そのことを依頼先に示すのが義務である。)
入札には参加させるという会社の方針は、あくまで 試作室が社外の業者より本当の実力で優れている場合のみ 発注するということである。 試作室の機械はあまり使われていない状態にあり、それを活用することで 社外の業者より本当に安い価格で工具を納入できるのかもしれない。 どのような価格が適正であるかどうかは、社外の業者の入札条件と 無関係に決まるはずで、それを算出することこそが 中田室長の職務である。
認識の不一致は、「『試作室が成長できるかどうかの瀬戸際』なら 競争者の提示条件をこっそり入手しても問題ない」とする考え方にある。 これは事実関係の認識の不一致というべきだろう。
あるいは概念認識の不一致ともいえるかもしれない。 「試作室が成長することがMK製作所全体のためになる」ということは 認めたとしても、試作室が不公正な競争手段を使って成長するのなら 明らかに「MK製作所全体のため」にはならない。 「MK製作所全体のため」という概念に不一致があるともいえる。
「試作室が成長することがMK製作所全体のためになる」という認識自体にも 疑問がある。 今、なんとなく「会社が大きいことはいいことだ」などと考えている社員は、 なるべく人に寄りかかって生きていこうという姿勢だと指摘されても しょうがないであろう。 時代はむしろアウトソーシングの活用に動いており、 取引相手は身内でないほうが良いと考えるくらいになっている。 MK製作所の上層部もおそらくこのことを認識しているであろう。 そこで入札までは参加を認めたのであろう。 上層部が知りたいのは、適正価格で勝負したとき競争力があるかどうかである。 その正しい情報を伝えず、正しくない情報を作り伝えようとする態度は、 会社を最も毒するものである。

中田室長のモラルを害しているものをさらに分析しよう。
中田室長は利己主義に犯されている。 この場合の己(おのれ)とは、試作室長という立場の自分自身であり、 場合によっては試作室全体かもしれない。 いずれにせよMK製作所全体は己の中にない。 「自分だけ出世できさえすれば」、 あるいは百歩譲っても「試作室が発展しさえすれば」、 という意識が見えている。
中田室長は自己欺瞞も行っているようである。 「今回だけは教えてくれ」という発言から推し量ると、 中田室長自身これが本当は正しいことではないと感じているのではなかろうか。 それでもこのような行動をとったのであれば、彼は自分自身に 「試作室が成長することがMK製作所全体のためになる」と言い聞かせ、 信じ込もうとしたのであろう。
無知ないし情報不足の問題も指摘できよう。 もしこのような行動をとったことが上層部に漏れたら どのようになるか、それを彼は認識していたのであろうか。
中田室長は自分本位なのかもしれない。 自分本位は利己主義とはちょっと異なる。 利己主義は「自分さえ良ければ」であるが、 自分本位は「誰も自分と同じように考える」と信じ込むことである。 中田室長がもし「他人は自分と同じように考えるとは限らない」と 考えることがあったなら、多分このような行動にはでなかったであろう。 自分本位に陥りやすい人間は常に周りに相談できる人を用意し、 このような行動にでる前に相談すべきである。
中田室長の視野が狭いことは明らかである。 「試作室が成長することがMK製作所全体のためになる」と認識する こと自体、視野が狭い。

試作室が不公正な競争手段を使うことがモラル上問題であるかどうか をチェックするのは容易である。 あなたが社外の業者の立場だったとしたらこの中田室長のやり方を 容認できるかどうか考えればいい。 多分、非常に不愉快に思うはずである。

さて、あなたが中田室長の立場だったとして、あなたならどうしますか。 ここまで考えるのが事例研究である。
「自らの力でコストを算出し、それに適正な利潤を上乗せし、価格を出す」 ことが正しい解であることは明々白々である。 ただ、諸般の事情でそれが難しいことだってあるかもしれない。 一度やってみなければ分からないことが多すぎる場合などである。 そのようなときは、会社の上層部にその旨をきちんと伝え、 許可をとり、入札という形をとらずに購買部に納めればよい。 参考のため社外の業者に相見積りを依頼するときは、その旨を きちんと伝えた上で依頼すればよい。

あなたが吉川係長だったら、中田室長の依頼にただ、 「そんなことはできませんよ」「モラルに反します」とだけ 言うのでは不親切である。 中田室長の認識に問題があることをきちんと説明すべきである。 ただ、間違いを目下のものから指摘されると怒り出す人も いることは事実である。 「どのような形で伝えるか」これも重要な問題である。

この事例について「功利主義」や「個人尊重主義」の立場で さらに分析した結果が ここにあります。

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