事故を経て原子力規制はどのように変わったか

改善された課題と今後に残された課題

東京大学名誉教授 班目春樹

Ⅰ.はじめに

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震と,これに伴う津波によって発生した東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故は,歴史に残る大事である。 事故による放射性物質の放出に伴い,今なお避難を余儀なくされている方々をはじめ,多くの人に被害をもたらした。 事故の引き金は天災であるが,拡大を防止できなかった原因は不十分な安全対策にあり,それを許した規制にも問題がある。 これだけの事故は二度と起こしてはならないし,そのためには事故からできる限りの教訓を引き出すことが必要である。 以下ではその観点から考察を試みる。

我が国の原子力規制のあり方については, 2007年のIRRS(総合規制評価サービス)報告書日本語訳はこちら)でIAEAから厳しい指摘を受けている。 また筆者は,原子力安全委員会(原安委)の委員長に就任する前から原子力規制には課題があると認識しており, 東京大学に原子力法制研究会(東大法制研究会)を組織してその洗い出しと解決策の検討を行っていた。 検討結果は技術と法の構造分科会の平成19年度報告平成20年度報告,そして社会と法制度設計分科会の 中間報告にまとめられたほか、 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会の 基本政策小委員会にも報告している。 筆者は原安委の委員長就任前は通商産業省の原子力発電技術顧問や原子力安全・保安部会関係の委員をしており,原安委の作業に直接関わることはなかったが, 原安委こそがもっと強い指導力を発揮し規制改革を進めるべきと考えていた。 ただ 法制度からくる制約 のため,事故がなかった場合にどこまで規制改革を進められたか,必ずしも自信がないことも正直に申し添える。 事故のおよそ10か月前に委員長に就任してから,筆者は直ちに原安委内での検討を始め, まずは2004年から改定されていなかった原安委の当面の施策の基本方針を見直すこととした。 改定された基本方針は,

  1. 原子力安全の基本的考え方の提示
  2. 原子力安全規制制度の運用のさらなる改善等
  3. 原子力安全規制を支える環境整備等
の3本柱からなる。 その内容は今振り返ってみても適切なものだと考えている。 以下ではまずこの2番目の制度上の課題の現状について述べ, 次いで1番目の基本的考え方として示されるべき安全基準と防災対策の整備の現状と, そして規制を支えるべき態勢の現状を,事故時の自身の経験などを踏まえつつ, 事故を経て原子力規制はどれだけ改善されたのか,残されている課題は何か,といった視点から整理する。

Ⅱ.制度上の課題


1.安全規制組織

IRRS報告書は 「規制機関である原子力安全・保安院(保安院)と原安委の役割, 特に安全指針の策定に関して,明確化を図るべきである」と勧告している。 「日本における規制機関として,保安院は, 安全規制や指針の策定と是認に主たる責任を果たすべきである」との勧告もある。 原安委は原子力安全の基本的考え方を示し, 保安院はそれを具体化した安全基準を示すというのが一応の役割分担とされていたが, 何が基本的考え方であり,何が具体的安全基準であるかの区別は明確ではなかった。 新しい規制対象が出てくると,まずは原安委が指針を策定することが原則であったため,原安委の策定した指針類はおよそ60にも及ぶ。 早急な策定が望まれる指針類の策定で原安委は手一杯であった。 原安委の指針類の改定は原安委自身の役割となるため, 指針類を全面的に見直し体系化 することの必要性を認識していたが,あまりに大変な作業となるため成果をあげることができなかった。 このような状況の中,安全基準の制定・改定の遅れが安全性向上の妨げとなっていた可能性すらある。

さらに付言するなら,念入りな審査制度として実施されてきた設置許可申請に対するダブルチェックも, 安全性確保への実効性は疑わしい。 原安委の二次審査は原安委が定めた安全審査指針類への適合性をみることとしていたが, 指針類は保安院の一次審査の基準としても用いられていた。 そのような状況では,審査を二度に分けるより,念入りな審査を1回だけ行うほうが効果的で, 明らかに 二次審査は形骸化 していた。 唯一効果を認めるとすれば,二次審査では保安院の審査官が説明することが原則であるため, 審査官の教育には役立ったかもしれない。 しかしダブルチェックはその実施のための規制資源の無駄遣いや,審査期間の長期化という弊害だけでなく, 面倒な手続きを避けようとしての事業者の自主的な安全性向上対策を妨げるという弊害すら招いており, 明らかに改善が必要であった。 安全性向上の阻害例としては,より高性能の新材料への変更はダブルチェックの対象となるため, あえて設置当時と同じ古い材料を探し出して補修していたことなどが上げられる。

原子炉や核燃料の規制が保安院,放射線やRIに関する規制が文科省と分かれていたことも問題であった。 放射線やRIの利用も広い意味での原子力利用であり,放射線障害防止は一元的に扱われるべきである。 民主党政権の当初案では必ずしも明確でなかった 放射線審議会 に係る業務の原子力規制庁への移管が実現したことは大きい。 放射線防護のあり方について国民の認識を深めることが重要な課題であることは誰しもが認めるところであろう。 放射線審議会,そしてそれを所掌する規制庁こそが先頭に立ち,放射線に関する知識の普及に努めなければならない。 ただ,この放射線審議会については2013年12月の規制委員会でメンバーの選任を進めることを確認し, 2014年3月には選任の考え方を確認しているが,未だに開催されていない。 まずは放射線防護のあり方を国際標準に適合させるべく早期に開催し, 放射線に関する正しい知識をどのように普及させるかについても審議するなど,しっかりした活動が望まれる。

原安委の所掌は 3S(Safety, Security, Safeguards)中のSafety に限られていたことも問題であった。 特に Security すなわち核物質防護はテロの脅威から原子力施設を守り安全を確保するという意味で Safety と切り離せないものである。 この核物質防護は保安院の所掌ではあるものの,原安委の所掌ではなかった。 設置法の定める所掌「安全の確保のための規制」の「安全」の意味を狭義に捉えていたため, 核物質防護は原安委の所掌の範囲外を所掌する原子力委員会が担うこととなっていた。 このことが,米国NRCによる原子力施設におけるテロ対策の要求事項を記したB.5.bと呼ばれる文書 (Mitigating Strategies Requirements from Order EA-02-026, Section B.5.b, the Subsequent License Conditions, and 10 CFR 50.54(hh)(2)) についての連絡が原安委には来なかったなどの実害をもたらした。 テロによる脅威を防ぐことも原子力施設の安全確保の一環である上に,手法にも Safety とSecurity には共通するところが多く, 両者の基本について一元的に考えていなかったことは大きな誤りであった。

このようにあらゆる面で規制は一元化すべきであったことに論を俟たない。 事故を経て原子力規制委員会が設置され,規制の一元化が実現し,非常に皮肉な形ではあるが課題は解決したと評価できる。 なお,規制委員会のあり方については,東大法制研究会の主要メンバーであり, そこでの検討結果を法改正に活用するよう努力した 西脇由弘氏の解説記事 も是非読んでいただきたい。

2.法令の整備

 (1)法体系

発電用原子炉における事故前の安全規制は, 原子炉等規制法(炉規法)と電気事業法(電事法)の適用を受けており, それが保安検査(炉規法)では事業者の保安規定遵守状況を確認し, 安全管理審査(電事法)では定期事業者検査の実施体制を確認するなどという複雑さを生んでいた。 事故を経て,安全規制に関する法令が炉規法に一元化されて最大の課題が解決し, 検査制度の見直しなどを進める土壌が整備された。 IRRS報告書には 「保安院は,その検査官がサイトでいつでも検査する権限を有していることを確保すべきである」と書かれている。 多数の目的別の検査制度が並立しているのが我が国の特徴で, 機器の供用前に行われる使用前検査,供用後に炉を停止して実施される定期検査, 事業者に課している定期事業者検査の実施体制を審査する定期安全管理審査, 保安規定の要求事項が遵守されていることを確認する保安検査,と実に多い。 別に核燃料については燃料体検査が,また溶接工事に対しては事業者による検査の体制について溶接安全管理審査が行われる。 多種類の検査が行われることは安全確保に有益のように思われるかもしれないが,そうではない。 たとえば定期安全管理審査と保安検査の目的はいずれも事業者の安全確保に向けた取り組み姿勢の確認であるが, 別の検査制度であることから重複を避けるべく対象を限定している。 対象が限定されたいくつもの検査制度があるが故に, たとえば保安検査中に定期安全管理審査で指摘すべき問題に検査官が気づいたとしても, 保安検査の対象外であるため指摘することはできない。 それでもその問題を対象とする検査があるならまだよい。 事業者の安全確保に向けた取り組み姿勢に問題があるがどの検査の対象でない場合がもしあるとすると, それを国は指摘できないこととなる。 対象が限定的な多種類の検査制度を設けるより, 検査官がいつでも問題点を指摘できる制度にした方が効率的であることは明らかで, IRRS報告書は検査制度の抜本的改革を勧告しているのである。 多数の目的別の検査制度の並立は,決められた項目を決められた通りに行う検査, いわばチェックシートに印を付けるだけの検査だらけという状況を生み,検査官の能力向上をも妨げている。 検査制度改革は次に残された大きな課題である。

 (2)安全基準の政省令化

原子炉施設の設置許可基準は炉規法に「災害の防止上支障がないもの」と規定されているが, 事故前にはその具体的判断基準を示す政省令はなかった。 「基準の適用については原安委の意見を聴かなければならない」とされ, 実際には審議会に過ぎない原安委が定める各種指針類がこの判断基準として用いられてきたが, その法的位置付けは原安委の内規である。 事故を経て,炉規法にもこの判断基準は「規制委員会規則で定める基準」と明記され, 法的根拠が明確になった。 このこと自体は大変好ましい。 ただ,判断基準は法的根拠が明確であると同時に適切なものでなければならないことは言うまでもない。 技術の進歩や国民の安全への要求レベルの変化に応じ,基準が適切であるかどうか常に見直し,改正することが大切である。 規制委員会にはその努力を強く期待したい。

 (3)段階的安全規制に由来する課題

我が国の安全規制は,基本設計の審査・許可,詳細設計の認可,使用前検査, …という段階的構造をとっている。 このため各段階の手続きの有機的結びつきが求められる。 ところで近年は設計の標準化が進んだため,審査を基本設計と詳細設計に分ける利点は少なくなっている。 これまでは基本設計の審査・許可は炉規法,詳細設計の認可は電事法と根拠法が別であり, 両者統合の障害となっていたが,詳細設計の認可も炉規法に一元化された。 既設炉の新規制基準への適合性確認について一体的審査の方針が示されたのを契機に, 段階規制のあり方自体を全面的に見直すべきと考える。

また,電事法で定められていた詳細設計の認可は特に火力や水力の規制のあり方の影響を強く受けており, 構造強度に偏った審査が行われている。 火力等の事故は機器の破損によることがほとんどで,それを防止できればほぼ事故は防げる。 これに対し原子力の事故防止のためには,止める,冷やす,閉じ込める,という機能が確保されなければならない。 「止める」すなわち核分裂連鎖反応の停止には制御棒の挿入などが適切になされなければならない。 「冷やす」すなわち核燃料からの除熱には冷却系の機器が所定の機能を果たさなければならない。 「閉じ込める」には圧力バウンダリーや格納容器バウンダリーの健全性が確保されるだけでなく, 隔離弁の正常な作動などの機能も同時に必要である。 構造強度の健全性確保も大切ではあるが,それはあくまで必要な機能の一部に過ぎない。 設計の標準化が進むと構造強度の審査は定型化する。 そこにだけ規制資源を注ぎ込むのは規制資源の無駄遣いにもなりかねず,見直すべきときがきている。

安全解析結果などが申請書の本文にはなく添付書類なのに, 設置許可申請書の本文を形式的に許可の対象としたことから,規制の実務上問題を生じていた。 安全解析で設定している前提条件や,保安規定で決められるべき内容は, 明らかに非常に重要なものであるにも拘らず,許可の対象ではなかった。 結果として,国はどれだけの安全性を有しているプラントに許可を与えたのか,あいまいな形になっていた。 ほかに,添付書類に記載されている事項だけの変更については,設置変更許可申請をすることすらできないという問題もあった。 事故後の法改正により申請書の記載事項に直接的に追加されたのは, 放射線管理に関する事項と,発生時に事故に対処するため必要な施設及び体制の整備に関する事項であるが, 関連して本文記載事項を増やしている。 これは変更時に審査されるという利点の反面, 多くの場合,事業者の自主的な改善にも歯止めをかけることになるので, バランスをとっていくことが望まれる。

段階的規制には,設置許可申請段階で約束されたことが後続規制で守られていることの確認という課題もある。 IRRS報告書は「保安規定の承認や一連の運転の開始前に,保安院は, 安全上重要な全ての要素の総合的な評価を行うための追加的な留保点(ホールドポイント)を設けるべき」と書き, 「許認可の総体的根拠を要約する包括的安全文書の作成と更新」を提言していた。 定期検査終了後の事業者自主評価結果の安全性向上評価書としての届出が義務付けられたが, これをIRRS報告書で指摘された包括的安全文書と位置付け, 試運転結果を踏まえた運転上の制限値の再評価も含め, 設置許可,工事認可,保安規定との法的関係の見直しを今後行うべきである。 原子力施設の安全確保の一義的責任は事業者にあるが,国は許認可という行為については説明責任がある。 この説明責任を果たす上でも,国がどのようなプラントを許認可したのか明確であることが好ましい。 事故後,事業者には安全性の向上のための評価を行うことになり, その結果を規制委員会に届け出るとともに,公表することが義務付けられた。 この評価にあたっては,まず評価書に事業者が行うべき検査や管理項目を記載させ, 事業者によるその確認過程を規制庁が確認することが望ましい。 それにより実効性のある検査が実現できる。 ただしこの安全性向上評価書導入は 米国の Final Safety Analysis Report(FSAR)の制度 と大きく異なり, 国が運転開始にあたってプラントをどのように認識し許認可を与えたのかの最終的整理とはなっていないを忘れてはならない。

なお今回の事故においては,現場の状況の最新情報を保安院が保有していなかったことが,原災本部の混乱の一因でもあった。 その意味でも FSAR と同等な包括的安全文書の制度を導入することが望まれる。

 (4)規制資源の有効活用

IAEAの安全基準GS-G-1.2日本語訳はこちら)には3.16項に 「規制当局が一般的・代表的施設や設計を十分審査し許可した場合,個々の申請はそれとの違いに絞るべき」との主旨の記載がある。 先行炉で審査や運転の実績があるものと同等設計であっても,炉ごとに審査を繰り返すことは, 規制資源の無駄遣いであるばかりでなく,審査の手間を避けようとする安全性向上対策の先送りさえ招きかねない。 その意味で,設置変更許可の一部届出化や特定機器の型式認証制度の導入は大きな改善である。 許可ではなく届出となる変更の対象を十分な実績がある設備の追加等の 軽微な変更 を対象とすることは当面やむを得ない。 軽微とは何かの検討を深めつつ,規制委員会規則で列挙するポジティブリストを今後拡充していくことで, IAEAの安全基準の精神が生かされるようにする努力が望まれる。 また型式認証の対象となる特定機器はシビアアクシデント対策のごく限られたものとなっているが, こちらも今後の拡充が望まれる。

なお,型式認証制度は機器の製造メーカーが認証を受けるという点が従来の許認可制度と大きく異なる。 従来の許認可は原子炉の設置者がどのプラントに設置するか決めてから申請するものであった。 新しい機器や核燃料などの導入に際して,最初に申請する原子炉設置者の許認可を得るための負担が大きく, 新技術導入の妨げにもなっていた。 型式認証制度の導入でメーカーの負担は増えるわけだが,メーカーは認証による一番の受益者であり, また新技術を開発したメーカー自身が許認可対応にあたるという本来の姿となる。 導入された型式認証制度はあくまで特定機器に限られており, 米国の型式認証(Design Certification)とは異なる。 規制資源の有効活用のためには,米国のようにプラント全体の標準設計を認証する制度の導入も検討されるべきである。

 (5)設計・製造段階の品質保証

保安院は2003年, 検査の実効性を上げるべく制度を改革し, 運転中の炉の保守管理に対し品質保証の観点からその妥当性を確認するようにした。 一方で,設計や製造段階については,本格的な品質保証の観点からの妥当性確認は行われていなかった。 IRRSも確認を行うべきとし,保安院がその方向で検討することは2010年の 基本政策小委報告にも盛り込まれていた。 製造段階などでの確認を行うとなると,製造者に対する検査が必要となるが,事故後の法改正でこれも可能となった。 改正された炉規法には,設計及び工事に係る品質管理体制等の技術基準適合性確認が明記され,基準も作成された。 事故前からの懸案の一つが一気に解決したといえる。

このようにハードウェア偏重検査から, 設計・製造過程や保守活動を品質保証の観点からみるプロセス型検査に変わっていく中で, 安全審査における品質保証の考え方の取入れについても, 前述の基本政策小委報告 の記述のように検討されることを望みたい。

 (6)社会的合意形成への地方公共団体の関与

原子力規制は社会的合意が得られるものでなければならない。 地方公共団体の関与も合意確認の手段の一つである。 ただ,現状では原子力プラントの運転再開等における地方公共団体の意思決定プロセスは不透明である。

ところで地方公共団体は,原災法等の規定により,原子力災害予防対策の実施のために必要な措置, 避難計画の策定の責務を負っている。 また緊急事態応急対策実施のための措置,緊急時の環境放射線モニタリングもその責務の一つである。 一方で地方公共団体は事業者と安全協定を結んでいる。 この安全協定については,紳士協定説,民事契約説,行政契約説,特殊法契約説等があるが, 合理的範囲内では法的拘束力を持つものと見なされている。 したがって運転再開の可否を左右する力を持っており,国の規制との関係が不明瞭になっている。 できれば法的位置付けを明確にすることが望まれるが,最低限,透明性のある制度としていくべきである。 どのような制度設計ができるか,今後に積み残された大きな課題である。 諸外国の事例などを参考に検討が進むことを期待したい。

Ⅲ.安全基準と防災対策の整備

原安委では事故後精力的に安全審査指針類や防災指針の見直しを行った。 その成果は規制委員会に引き継がれ,活用されているが,いくつか留意点を述べる。

1.安全基準

 (1)シビアアクシデント対策と確率論的評価

IRRS報告書は 「設計基準を超える場合の考慮については,法的な規制は存在しない。 日本のプラントは予防措置によって安全が十分に保証されているとみなされているためである」とし, 「規制機関はシビアアクシデントマネジメントを自発的に実施するとともに, 確率論的安全評価を実施するよう,事業者に強く要請した」と書いた上で, 「保安院は,リスク低減のための評価プロセスにおいて設計基準事象を超える事故の考慮, 補完的な確率論的安全評価の利用及びシビアアクシデントマネジメントに関する体系的なアプローチを継続すべき」と助言している。 2007年当時,保安院がこの問題にそれなりに取り組もうとしていたことは事実であるが, 検討はなかなか進まなかった。 実効性のあるシビアアクシデント対策が用意されていなかったことこそが事故の拡大を防止できなかった最大の原因である。

IAEAの安全基準SSR-2/1日本語訳はこちら)の発行は事故後であるが, 事故の前すでに合意プロセスは最終段階にあった。 その要件20には「設計基準事故より厳しい事故または追加の故障を伴う事故のいずれかに対して, 許容できない放射線影響を生じさせることなく発電所が耐える能力を増強することによって, 原子力発電所の安全性を一層向上させるために, 工学的判断,決定論的評価及び確率論的評価に基づいて一群の設計拡張状態が導出されなければならない」と記されている。

原安委は1992年に 発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて という共通問題懇談会報告書を委員会決定したが,その際,アクシデントマネージメントは事業者によって自主的に整備し, 万一の場合にこれを的確に実施できるようにすることは強く奨励されるべきとしていた。 しかしながら,シビアアクシデント対策を規制要件化しないままにしておくことは, 世界の安全基準を満たさないままに放置することを意味する。 そこで原安委では,当面の施策の基本方針を改定し, 外部の専門家との意見交換会を始めるなどして早急にシビアアクシデントの規制要件化を進めようとしていた。 保安院も前述の基本政策小委報告に「シビアアクシデント対応の規制要件化に関する検討」を上げ, その重要性が関係者間に広く認識されていたにもかかわらず,十分な対応が間に合わなかったことは慙愧に堪えない。 規制要件化により,事業者が実施している対策に多くの有識者が目を通すようになれば, シビアアクシデント対策の実効性に関する論議が深まり,機能し得る対策にするよう指導することも可能であったかもしれない。

事故を経てシビアアクシデント対策は規制要件化し,課題は解決に向かっている。 規制委員会は事故シーケンスグループを示した上で, そのほかにも個別プラント評価により新たな事故シーケンスグループが抽出されないかについて, 事業者に確率論的手法等による評価の実施を求めている。 規制委員会の示すシーケンスは最新の知見を踏まえたものであり,それ以外のシーケンスの評価まで求めていて, 安全基準SSR-2/1の要求は満たした。

ただ,本来はまず事故対処設備の性能や使用方法を踏まえた安全評価を実施し, 有効だと確認された対処設備の設置を義務付けるべきところ, それを後回しにして格納容器フィルタ・ベント設置の義務付けを論じたことなどは, ハードウェア偏重の姿勢が根強く残っていることを示す。 まずは設備設置の有効性について検討し,有効と認められる設備の設置を求めるという姿勢に転じるべきで, とにかく設備を設置すればよいかのように誤解される姿勢はとるべきではない。 なお,フィルタ・ベント設備による排気中の放射性物質低減にどれだけの性能を期待できるのか, どのような使用方法を想定するのかという検討を早急に進める必要があるのは当然である。

 (2)安全基準の体系的整理

IAEAの安全基準は確率論的評価の利用をシビアアクシデント対策にだけ求めているのではない。 設計基準事故を考える際にも,決定論的手法と確率論的手法の両方を適用しなければならないとされている。 我が国の安全規制では,原安委が定めた安全評価審査指針の付録に評価すべき事象が列記され, それらの事象に関する決定論的評価の結果が判断基準を満たせば合格とされてきた。 そこに直接的に確率論的手法の入る余地はない。 関連するECCS性能評価指針等の中では使用すべき相関式の推奨まで行っていて,原安委の指針類は性能規定化されておらず, 仕様規定的なものを多く含んでいる。 これが金科玉条のごとく捉えられてきたことが,第一に安全審査の形骸化を招き, 第二に新技術の採用による安全性向上を阻害してきたとすらいえる。

まずは評価すべき事象の妥当性について確率論的手法を用いて見直すなどの対応をとりIAEAの安全基準を満たすこと, それとともに規制当局の要求は性能水準までとし,仕様規定は学協会規格をエンドースして使用するようにすべきである。 この方向での解決策は保安院側ではすでに2002年の 原子炉安全小委報告に示していたが, 指針類は原安委所掌ということで進んでいなかった。 原安委でも指針類の体系化について検討 はしていたものの,指針類はその時々の要請に合わせて急ぐものから策定されてきただけに,抜本的整理は難しく作業は遅れていた。 規制の一元化がなされ,安全基準は規制委員会規則として法的根拠も明確化された今, 安全評価関係を含む指針類全体の見直しに着手すべきである。

 (3)自然現象に対する安全対策

原安委の指針類でも設計上考慮すべき外部事象 は指針2の解説に列記されており,自然現象である津波に対しても 発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針 の「8.地震随伴事象に対する考慮」として,安全性が損なわれない設計であることが要求されていた。 しかし耐震性に関しては耐震設計審査指針が用意され,念入りな審査が行われていた一方で,地震随伴事象として扱われた津波は, 記載内容もわずかで注意喚起が十分できていたとは言い難い。 これは原子力開発の歴史の中で地震の経験は多かったものの,津波の経験は乏しかったためであろうが, 合理的なリスク低減という観点からは不十分な対応だった。 事故を経て原安委がまず 基準津波の策定や耐津波設計の方針を示し,これをもとに規制委員会が法令整備を行ったことから, 課題はかなり解決されたといえる。

耐震指針についても見直しが行われたが, 地盤の支持性能や周辺斜面の崩壊に配慮すること, 内陸地殻内地震,プレート間地震,海洋プレート内地震のそれぞれに対する注意事項などが書き加えられたことが主で,大幅な変更はない。 ただ,新しい安全基準へのバックフィットが義務付けられたことに伴い,耐震性の再確認が行われている。 安全基準に「考慮すべき活断層」の定義を明確に書いても,専門家により判断が分かれることがあり, 審査のルール作りにはなお工夫が必要とされている。

自然現象としては,ほかに火山や竜巻,森林火災の評価も厳格化された。 ただ,外部事象への安全対策はリスク低減への寄与がどれだけかを念頭に置きつつ進めるべきで, 全体としてのバランスを今後確認していく必要があると考える。

2.原子力災害対策

 (1)原子力災害対策指針

原安委が策定していた防災指針は, 予防的防護措置準備区域(PAZ:Precautionary Action Zone)の設定などの 国際的基準を満たしていないこと, 福島で実際に発生した規模の事故を想定していないことをはじめ,多くの問題があった。 従来の原子力安全確保の基本となる多重防護の考え方は,事故になっても炉心の損傷を防ぎ, 施設外への重大な放射性物質の放出をなくすという第3層までに注力し,第4層のシビアアクシデント対策が不十分であっただけでなく, 第5層の防災対策も多重防護の一つの層という捉え方がされていたとは言い難い。 多重防護の最後の防護策と捉え,施設の状況を踏まえた 緊急時活動レベル(EAL:Emergency Action Level)を設定 して放射性物質の施設外放出前の避難などの防護策を用意するようになり,さらに継続的改善の姿勢もみられ, 国際基準を満たす指針ができつつあるといえる。

ただ原安委での検討 では「オフサイトセンターで多数の関係者が対応を協議する仕組みは機能しない」 との結論を出したにもかかわらず,相変わらず法令上は協議会をオフサイトセンターに置き, そこに集まる現地対策本部長に権限の一部を委任できることになっている。 現地司令塔の役割を果たす緊急時対応拠点は交通・通信の確保が容易な県庁等に設置し, 今回の事故ではJヴィレッジがその役を担った対策実行拠点をサイトから一定の距離のところに用意することが好ましい。 それを念頭に置いた上でのオフサイトセンターの位置付けの再検討が必要である。

 (2)原子力防災への取り組み

今回の事故で筆者が最も痛感したのは, 第一に事故対応に一義的責任を有する事業者(東京電力)と国(規制当局を含む)との連携の悪さであり, 第二に想定を超えた事態に対する指揮命令系統の混乱である。

施設内での事故拡大防止作業については事業者が責任を持って実施しなければならない。 法改正により,原子力事故発生時の技術的及び専門的な知見に基づく判断は, 内閣総理大臣より規制委員会のそれが優先することになったが,施設内の機器や資材,人員の配置を熟知しているのは事業者であり, 現場判断こそが最優先されるべきである。 一方で施設外では住民避難などの防護措置が施設内の作業と並行して行われ,施設内の資材や人員の供給に影響を与える。 事業者が施設外の防護措置の全容把握に努めなければならないのはもちろんであるが,一定の限界がある。 施設の近くにオフサイトセンターを構える規制当局こそがそれを支えるべきである。 法改正により事業者が実施する防災訓練の結果を規制委員会に報告することが義務付けられ, 規制庁は現場での訓練確認や報告会を実施しているが,事業者防災訓練へのより積極的な参画を検討すべきである。 すなわち地方公共団体を中心に行われる防災訓練で通信連絡能力を確認するだけでなく,事業者防災訓練においても, 施設外の状況を刻々と事業者に伝えられるか,事業者からのEAL情報で防護措置実施の判断ができるか等, 自らの能力を不断に確認する姿勢を規制庁に求めたい。

原子力災害対策指針の整備により,事故が想定を超える事態に至る可能性は低くなったとはいえるが, それでも想定外の事態発生の可能性はゼロではない。 事故発生時の技術的及び専門的な知見に基づく判断を行うべき規制委員会は,想定外の事態への備えもしなければならない。 これには二つの努力が必要である。 第一は,想定していない事態にはどのようなものがあるか考え続けることであり,必要に応じ指針を改定することである。 第二は想定外の事態に至った場合の指揮命令系統の確認である。 指揮命令系統自体も事故の状況次第では変えざるを得ない。 現場も臨機応変の対応を余儀なくされるが,それがばらばらな対応であってはならない。 技術的及び専門的な知見に基づく判断に全責任を有する規制委員会は, 指揮命令系統自体の臨機応変のあり方までしっかり検討しておかねばならない。

Ⅳ.継続的改善に向けての態勢

1.規制当局の能力

保安検査官が事故の後,早々に発電所を引き上げたことからその資質が問題となったが, いくら使命感を高めても何をなすべきかの知識とそれを実行できる能力がなければ居残っていたとしても邪魔になるだけである。 また,規制する側が専門知識や情報の面で規制される側よりも劣る場合に規制が骨抜きにされる「規制の虜」の問題の解決にも, 規制当局の能力向上が欠かせない。

この対策として ノーリターンルール が導入されたが,原子力推進組織への転職だけを規制しても, 規制担当期間が短ければ能力向上には寄与しない。 規制庁は人材育成部門を新設する方針を決めたが,座学だけで本当に必要な知識は身につかない。 規制だけを実施する組織に属する者の能力向上には,規制される側の立場での研修も必要である。 かつては日本原子力研究所などが規制当局への人材供給の役割を果たしていたが, 日本原子力研究開発機構となった今は規制される側となっている。 規制される側での研修の実施は,癒着につながるとの懸念もあるが,その防止は可能であり, それ以上に 規制当局の能力向上 は急務である。 実効性の高い研修制度の早期整備が望まれる。

2.事業者との対話

規制委員会は明らかに事業者との対話に消極的である。 規制の虜とならないため,そうしているものと推察されるが, IRRS報告書は「保安院が事業者の見解に耳を傾け評価するというより,指示を与え押し切っているような印象を受けた」 と書いた上で「産業界と,率直で隠し立てがなく,それでいてフォーマルな,相互理解と尊重に基づく関係を醸成すべき」 と提言したことを忘れてはならない。 どのように規制するかは規制委員会が決定すべきであるが,その前に産業界との十分な意見交換が必要である。 特に,許認可の取消等の重大な決定をする際には,裁判手続きに準じた厳格な手続きで, 広く関係者の意見を聴いた上で行うべきである。 事業者との対話のあり方を今後とも検討していただきたい。

この問題は,万一の事故発生時の対応の成否をも分けかねない。 指示を与えられ押し切られ続けた事業者に,事故時にだけは主体的に動くよう望むのは無理がある。 事故時の緊密な協力のためには,日ごろからの相互理解と尊重に基づく関係が不可欠なのは言うまでもない。

3.オールジャパンの英知の結集

IRRS報告書では,学協会規格を多数エンドースして規制基準に活用しているとした上で 「日本の全ての原子力機関で入手可能な知識が,規制及び指針の策定に有効に活用されている」と評価している。 規制委員会もようやく 学協会規格の活用を決めたが,ここしばらく停滞していた。 仕様規格を規制機関が定めることは非関税障壁にあたるとして国際的に認められない上,規制機関にその能力があるとは思えない。 一方で,学協会規格を規制委員会が安全基準を満たす仕様規格であると認めるにあたり技術評価を行うのも当然である。 技術評価は,学協会規格の策定への規制庁職員の個人の資格での参画の影響を受けるものではない。 むしろ職員に個人の資格で参画させることは,能力向上の面で有益でもある。 規制委員会は学協会規格について「誰が策定したか」にこだわりを持っているようであるが, 誰が策定したものであっても良いものは良く,不十分なものは不十分なのである。 学協会規格そのものの妥当性について規制委員会は判断能力を持たなければならない。 「原子力村の住民が策定したものは信用ならない」などとして技術評価の実施すらためらうようなら, 社会風潮へ迎合し過ぎていると言わざるを得ない。

規制委員会が急ぐべきことは,Ⅲ.1.(2)で述べた安全基準の体系的整理であり, まずは機能要求,性能水準要求と仕様規定とを分けなければならない。 その上で仕様規定については学協会規格を活用し,IRRS報告書で評価されたように, 日本の全ての原子力機関で入手可能な知識が規制及び指針の策定に有効に活用されているようにしなければならない。

一方で原子力発電所の設計の標準化が進み,定型化が進んでいる構造強度に関する審査などは第三者機関に任せ, 炉停止や冷却といった機能に着目した定型化しにくい審査にこそ規制当局は集中的に審査すべきである。 オールジャパンの英知を結集させるにはどのようにしたら良いか,今こそ真剣に検討すべきである。

Ⅴ.おわりに

事故後の原子力規制改革はあまりに多岐にわたっているため,その全てを限られた誌面で取り上げることは困難である。 そのため,特に重要と思われる点についてだけ評価を試みた。 個人的な評価であるため異論も多いと思われる。 しかし原子力安全規制は技術と社会の橋渡しをするものであり,風潮に流されることなく, 技術をよく知る立場からの提言によって改革が継続的になされるべきものである。 筆者なりの整理が何らかの形で役立てば幸いである。