避難のあり方

東電福島事故を振り返って

  1. 東電福島事故前の我が国の防災計画
  2. 我が国の原子力防災計画は自然災害を含む様々な災害への対策について定めた災害対策基本法原子力災害特別措置法(原災法)が大枠を定めている。

    前者においては内閣総理大臣が会長を務める中央防災会議において防災基本計画を作成しなければならないとしている。 防災基本計画は総則等に続いて様々な自然災害、事故災害ごとの対策編が書かれており、その中に原子力災害対策編がある。この防災基本計画は毎年見直すこととされており、東電福島事故後に大幅に改訂されている。

    一方、後者は東海村JCOで発生した臨界事故を契機に定められた法律で、東電福島事故後に改正されているが、基本的な骨格は同じである。こちらでは、原子力事業者の義務や原子力緊急事態宣言の発出、原子力災害対策本部の設置、緊急事態応急対策の実施などを定めている。この法律はJCO臨界事故への反省から定められたものであったため、東電福島事故には対応しきれないいくつかの問題点があった。 例えば緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)を置くこととはされていたが、その場所が発災原子力施設に近すぎ、東電福島事故では機能しなかった。当初の緊急事態宣言と、それに伴う避難指示を出すにあたっては原子力安全委員会の意見を聴く必要はないが、避難区域の変更を行うときは意見を聴かなければならないとされていた。ただし原子力安全委員長などは原子力災害対策本部員ではない。これは事象が急速に進展し、至急に避難区域を拡大しなければならないような事態を想定していなかったものと考えられる。 また、原災法では10条事象、15条事象と呼ばれる緊急事態が発生したときは直ちに国や地方自治体に通報しなければならないと規定されていた。具体的な事象は法施行規則に規定され、たとえば原子炉の運転中にすべての非常用直流電源からの電気の供給が停止し、かつ、その状態が5分以上継続する場合は15条通報することとされていた。

    これらの法律とは別に、原子力安全委員会ではJCO臨界事故の前から防災指針すなわち「原子力施設等の防災対策について」を定め、万一の原子力事故に備えていた。その法的位置付けは東電福島事故までは明確ではないものの、この指針が具体的防災計画を規定していたと言っても過言ではない。なお、東電福島事故後に改正された原災法では第一章の二に原子力規制委員会が原子力災害対策指針を定めなければならないことが明記され、法的位置付けも明確にされている。 防災指針の内容は多岐にわたっているが、たとえば防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲(EPZ:Emergency Planning Zone)について原子力発電所については半径約8~10kmとしていた。また、緊急時の適切な避難には予測線量の把握が必要として、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を活用することができるとしていた。 このため、地元道府県を中心に実施されていた原子力防災訓練においてもSPEEDIによる予測値が提供されることを前提に実施されていた。 防災訓練としてはほかに毎年1回、国が原子力総合防災訓練を実施している。このような訓練において、住民はまず一時集合場所に集まり、用意されたバスで避難場所へ向かうというのが原則であった。自家用車による避難訓練は、平成20年から茨城県で始めたのが最初である。

  3. IAEAの安全基準
  4. 2002年に定められた国際的なIAEAの安全基準GS-R-2「原子力又は放射線の緊急事態に対する準備と対応」 (日本語訳)では、安全要件として次のことを要求している。
    Precautionary Action Zone;PAZ(予防的防護措置準備区域)の範囲をあらかじめ定めておかなければならない。 また、施設の状態に基づいて、放射性物質の放出前か放出後直ちに予防的緊急防護措置を実施することを目標とした取り決めを作成しなければならない。
    要するに、事故になりそうになったとき、住民がすぐ避難する範囲をあらかじめ決めておかなければならないということである。その範囲内の住民は、事故だとはっきり確認されてから避難するのではなく、事故になりそうなら直ちに避難し、放射線による確定的影響を避けるということである。過去の経験から、事故初期には正確な情報は限定的なことは明らかなので、こう決められたものである。

    また、IAEAの安全基準では、Urgent Protective action Planning Zone;UPZ(緊急時防護措置準備区域)という、事故の進展に伴うモニタリング結果などを踏まえた上での、避難や屋内退避、安定ヨウ素剤の予防服用などを準備する区域も決めておかなければいけないとされていた。PAZやUPZを決めるだけでなく、Emergency Action Level;EAL(緊急時活動レベル)という、どれだけ危険が差し迫っているかの判断基準を明確化し、いざというときに迷うことなく避難等の措置が実施できることも要求されていた。たとえばEALがGeneral Emergency、すなわち全面緊急事態と判断されたら、PAZ内の住民の避難を実施するなどである。 このEAL判断の具体的事象に対応するものとして、我が国では10条事象、15条事象が定められていた。しかしながらPAZの考え方などが導入されていなかった。

    そこで原子力安全委員会ではGS-R-2の策定を受けて防災指針の見直しを進めようとした。これが原子力安全・保安院からの強い申し入れ(いわゆる「寝た子を起こすな」発言)により一度先送りせざるをえず、その後も話し合いを続け、保安院に了承させつつ改訂しようとした矢先に東電福島事故が発生している。

  5. チェルノブイリ事故において実施された防護措置
  6. チェルノブイリの場合、事故の翌日から1ヶ月後までに原発から30km以内に居住する約11万6000人が移住を余儀なくされた。国連の報告書では、事故対応の従事者には放射線の確定的影響すなわち急性障害による死者が多数出ているが、一般人には急性障害は認められないとしている。チェルノブイリ事故後に小児甲状腺がんが多発したのは事実であるが、これはヨウ素131などで汚染された牛乳の摂取によるものである。 事故の後、半径350km以内には、高濃度に汚染されたホットスポットができ、さらに数十万人が移住した。ホットスポットでは、土壌などに沈着した放射性物質からの放射線を浴び続けることになるため、長い間滞在することは避けるべきとの考え方に基づいたものである。ただし、短期間であればこのようなホットスポットに留まっても健康被害を生じるとは考えにくいため、環境モニタリングの結果を踏まえての対応で十分である。IAEAの安全基準はこれらのチェルノブイリ事故の教訓も踏まえて策定されている。

  7. 東電福島事故において実施された防護措置
  8. 東電から国への10条通報は3月11日の15時42分、15条通報は16時36分に行われている。本来は10条通報の時点ですでに非常用直流電源が失われ、早期の回復も望めなかったのであるから、この時点で15条通報がなされるべきであった。原災法では15条通報を受けた場合、直ちに原子力緊急事態を宣言し、避難等の指示をすることになっているが、緊急事態宣言発出は19時3分過ぎであり、半径3km内の避難指示と半径3kmから10km圏内の住民への屋内退避指示が出されたのは21時23分になってからである。

    その後、3月12日5時44分には半径10km圏内の住民へ避難指示が出され、さらに同日18時25分にはそれが半径20km圏内へと拡大されている。このように避難範囲が徐々に拡大したことに対し不満が出ているが、最初から非常に広い範囲に避難指示を出した場合、その外周部で渋滞が発生し、急いで原発から離れる必要のある近隣住民の避難ができなくなる恐れがある。これをシャドウ・エバキュエーション問題と呼ぶが、これを考えると避難範囲を徐々に拡大したこと自体は問題とすべきではない。

    SPEEDIが活用されなかったことも大きな問題とされた。それが活用されていれば放射能に汚染した地域に留まらなくても済んだのではないかとの疑念は未だに被害者の間に残っている。しかし3月18日には実測データが得られており、むしろその公表の遅れこそが問題とされなければならない。なお、放射能汚染状況は原発からの大量放出の時刻、そのときの風向き、降雨状況などで決まるものであり、放出源情報が得られない状態ではあらかじめの予測は不可能だったといえる。

    3月15日11時に半径20km以上30km圏内の住民に屋内退避指示が出された。これが解除されるのは40日以上経った4月22日である。屋内退避指示が長く解除されなかったことは、そこの住民に生活上の多大な苦労を強いることとなった。

    なお4月22日には、合わせて計画的避難区域が設定されている。これはとるものもとりあえず避難するというのではなく、長期間の滞在となることを避けるための避難で、おおむね1か月の猶予期間が与えられた。

  9. 我が国の原子力防災対策の現状
  10. 東日本大震災の後、防災基本計画は大幅に改訂された。 また、原災法を初めとする多くの法改正が行われた。 すでに述べたように、原子力規制委員会が定める原子力災害対策指針に法的位置付けが与えられたこともその一つである。 原子力安全委員会では事故から4か月後に原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループで防災指針の見直しを開始した。その成果は原子力規制委員会に引き継がれ、原子力災害対策指針が制定されている。PAZやUPZ、EAL、Operational Intervention Level;OIL(運用上の介入レベル)などが定められ、ほぼ国際基準に適合したものとなっている。

    ただ、東電福島事故の教訓を活かし切ったとまでは言い切れないところがある。 一例をあげよう。 事故の直後にJAEAの職員などが現地入りし、モニタリングデータを文科省に送付したにも拘らず、文科省はそれを十分活かすことはできなかった。 この文科省の業務を引き継いだ原子力規制委員会・規制庁は、失敗を繰り返すことがないことを国民に示していく必要がある。 すなわちモニタリングデータに基づき、UPZのどの範囲に避難指示などを出すのか、速やかに判断できる能力を有していることを示さなければならない。

    原子力災害対策指針も継続的に見直し、よりよいものにしていく努力を怠ってはならない。 二度と「寝た子を起こすな」発言を許してはならないのである。